遠来のお客様?
         〜789女子高生シリーズ 枝番?

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


       




後から思えば、
まだまだ子供だとはいえ、
あの開けたてにコツの要る戸も開けず、
いつの間にか現れたような得体の知れない存在を、
村の中に出してひょこひょこと自在に歩き回らせるよりは、
自分が見張り役となった方が得策だと思った惣領様だったのやも知れぬ。
この程度の小娘に、
村中に声かけて、若しくは侍を全員呼び戻してまで、
騒ぎ立てるほどもないということで。
このような物静かな対処を取られたのかも……。




 「あのあの。」
 「んん?」

そもそも室内ばきではあったが それでも一応はと、
履いたままだったスリッパを脱いで、彼の立つ板の間へ上がりつつ、

 「先程、私を見て
  “七郎次には姉御しか〜”と仰せでしたが。」

私を会わせたいというのは、その方のことでしょうかと。
どさくさ紛れに訊いてみれば、

 「ああ。」

白衣紋を羽織った広い背中を無防備にもこちらへ向けたまま、
造作なく“そうだ”と応じた蓬髪の知将殿。
先に辿りついた囲炉裏端に腰を下ろし直すと、
何処へでも座りなさいという意味だろう、
こちらへ再び手を延べながら、

 「儂の古女房、元副官だった男にな。
  お主の面差しが よう似ておるのだ。」

そうまで愛らしい娘御が、
男に似ていると言われても嬉しくはなかろうがと付け足して、
ふふと微笑った勘兵衛の愉しげな様子へ。
そこは…微妙な言い方になるが、長く傍にいた身だ、
本心はきっと言葉づら通りじゃあなかろうよと、
そうという受け取り方がまずはと胸へと浮かんだものの。

 “何でそうまで…。”

気安い態度でおられる御主かと、
他でもないこの“自分”へ対しての態度だというに、
怪訝を通り越し、案じてしまっている七郎次だったりし。
幼い子供なればこその、隠し切れなかろう殺気が見えないから?
年端の行かぬ年頃の、しかも女だから?
この自分が誰なのかを、詮索もせず、問いただしもしないのは
あまりに無防備が過ぎないだろうか。

 「……。」

そんなこんなが、
恐らくは…彼の副官としての感覚が先に立っての、
彼女へと感じさせた違和感ならば。

 “それともこれから聞き出すのかなぁ。”

そうとなったらどうしよう。
本当のことを言ったとて、信じてなんてもらえまい。
だって私自身もこれまでこの手の話を聞いても、
大概はそののっけで“ああ、SFの話よね”なんて、
早々と決めてかかってしまい、
リアルな話のレベルで受け取ったことはなかったと思うし。
関心がないジャンルだったので、理屈なんて知ろうともしなかった。
それが…体験談どころか、自分自身がそういう“小旅行”をしてしまおうとは。
ましてや その辿り着いた先が、他でもない“此処”になろうとは。

 “ああ、これからはUFOの話もUMAの話も信じます。”

だから元の世界へ返してくださいと、
何かへ祈りたくなったらしい七郎次お嬢さまだったりし…って。
おいおい、そうじゃないだろう白百合さん。
(苦笑)
囲炉裏端にそろりと腰を下ろせば、
知らないままなら座布団もないのへ閉口したかも知れぬことが、
特には苦にならない自分だと判る。
慣れがない身の向こう脛が、多少は痛むけれど、
ああ、そうか、この体で体験してはないことだもんなと、
そういう順番での解釈が出来るほどに、

  此処にいた記憶はありますと、

言ったところでこのお人は信じてはくれまい。
いやさ、自分が傍にいたならば、
もっと前の段階で
“こんな小娘をうかうかと信じてちゃあいかんでしょうが”と、
口には出さねど思うだろうし。
許容の尋が深い方だというのと同時、
自分は対処し切れる相手だしと判断してしまってのこと、
縄つきにすることもなくの、
自由を許し、泳がせてしまわれるのだろうなとの推察をした上で。
じゃあしょうがないなぁと、
自分がこの子の監視を徹底しようと心の覚書へ書き足すところ。

 “…そうそう、
  そういう格好での気苦労は結構多かったかな。”

結構 豪気で、大胆不敵に構えていられた方だったはずが、
そんな自分でもおいおいと感じるほどに、
その斜め上をゆくほどに、
一見“無防備”でおられることも多かった勘兵衛様なものだから。
お主は細かいなと苦笑されそうなほど
自分へだったなら捨て置くようなことへでも、
ついのこととて慎重にならざるを得なかった場面も
結構あったのではなかったか。

 『あれはな、おシチ。勘兵衛様の策なのだ。』
 『そうそう。』
 『大将格には 泰然と構えておらねばならぬ場面もある。
  はたまた、
  傍づきが眸を光らせているから安んじていられるのだと、
  始終 張り詰めてはないぞという
  隙を見せねばならぬときもある。』

これまでの付き合いから、
例えば赴任先の民が相手の交渉のときなぞには
そういうささやかな駆け引きや余禄も必要なのだと知ったし。
してまた勘兵衛様の側でも、
呑み込みのいい我らだと判っていてのことだろう、
いちいち言わない ずぼらのまんま、
そうと振る舞ってしまわれるのが困りものと、
あの征樹や良親から聞かされたことをまで思い出し。
ほんに困ったお方だったよなと思い出す傍らで、
そんな かつての自分の詮議眼にて、
今の自分がどれほど怪しい存在かを推し量っているのだから世話はない。
だって あの頃は、それくらいが当然だった。
負け戦の大将とは、戦線収拾という難しい任務をどれほど任されても、
無駄に死兵は出さずの多数を生還させ得た手腕へと、
他の司令官に嫉妬半分の負け惜しみから付けられたあだなであり。
そういう、流動的な現場にあってこその難しい任務も苦とせず、
前線へも自身が出てゆく猛将であることから、
こちらもこちらで、
自分の身を守ることより、
勘兵衛の身へ迫る危険の排除が当然ごととして優先されたし、
そこへと達成感を覚えもしたものだったが、

 “……あれ? でも、それならば………。”

  勘兵衛様の身を一番に思えば、
  いっそこのまま飛び出してって、
  怪しい奴めと誰ぞに討たれることが
  一番手っ取り早くはないかしら……

そうまでとんでもないことは、さすがに失速しすぎだろうと。
はっと我に返り、緋色のカーディガンの下でふるるっとその身を震わせ、
いかんいかんと思い直した白百合さんだったのだけれども。
気がつけば項垂れてのうつむいている自分だと気がつき、
視野の中、丸ぁるいお顔でこちらを見上げているくうちゃんに、
やっと気がついてのこと、ああ…と気を取り直す。
顔を上げれば、囲炉裏を挟んで向かい合わせに座した、
白い砂防服姿の勘兵衛が、
そんな気配もなく、だが、
じっとこちらを見やっていたらしいお顔と視線が合って。

 「何も話したくはない、のかの?」

口元だけをほころばせたは、
もしかしたらこちらの頑なな様子を解きたくてのことかしら。
そういえば、胸のうちでは山ほどのあれやこれやを巡らせているが、
実際には、さっきの一言くらいしか まともに口を利いてはいない。
名前や誰の子かというほどの詳細までは無理としても、
世話をしてくれたり
好奇心からこちらを覗いていたりする娘さんたちのお顔は、
決まった顔触ればかりだからか把握もしておいでの勘兵衛だろう。
そのうちの誰でもない、しかも風変わりな風体の娘御。
何か用向きがあって来たのだろうにと、水を向けてくれたのだろか。
目許まで和ませておいでで、
戦場で“夜叉”とまで呼ばれたお人とは到底思えぬ温厚さなのが、

 「…そんな風に油断なさってはいけませんてば。」

こうまで優しいお顔、
そういえば かつてはあまり見せてはもらえなんだまま
突然のお別れをしたんだっけ。
再会してからは、人斬りという肩書じゃあなくなったせいもあろうが、
ともすればあやすように微笑ってくださる勘兵衛様だが、
そっちはそっちで、

  ああもうもう、
  どれほどのこと 男ぶりのいいお人かを
  ちっとも判っていないのだからと。

やっぱりやきもきしてばかりの白百合さんだったりし。
そんな日頃を思い出すにつけ、

 “そっか…。”

こちらにいる大人のあたしへは見せない笑顔。
それはそれほど頼もしく思っていて下さったせいだろう。
慣れないだろうに“いい子いい子”と微笑ってもらって気がつくなんてと、
こういう形で遭遇しないと気がつけなんだ自分へ、こそりとほぞを咬み。

 「アタシは、…。」

じゃあないやと小さな声で言い直し、

 「七郎次さんという人は、
  そりゃあしっかりした切れ者なんでしょうね。」

 「何だ、薮から棒に。」

やっと口を利いたかと思えば、
似ているから逢わせてみたいものだと引っ張り出した、
此処には居合わせぬ者のことかと。
それでもお顔を上げたのは重畳と思ったようで、
内緒話のような柔らかな響きのお声で、そうさなと続けたのが、

 「確かに、
  若いに似ず何でも周到にこなすし、腹芸も心得ておる。
  加えて 察しもいいと、
  姿の整いように加えて そこまで備えずともと、
  呆れるほどによく出来た男じゃああるのだが。」

腹芸?と、一部相容れたくない言いようも聞かれたものの、
おおむね褒め言葉ばかりなのへ、
いやそんなと頬を緩め、口許をむにむにと震わせて照れかかったものの、

 「とはいえ、それらは長くかかって練られたものでな。
  頑迷だったりずぼらだったり、
  まこと手のかかる上司の世話を焼いておれば、
  おのずと器用にもなろう、気が利くようにもなろうさ。」

 「は、はい?」

何かあのその、
ずぼらな亭主が良妻を育んだと言いたげにも
聞こえるんですけれどと。
妙な解釈がわざわざ付け足されたことへ、
青い双眸が点になりかけた白百合さん。
なんかどっかで聞いた理屈だし。
もしやしてあの双璧の心のうちも
実はきっちりと掌握してましたか? 勘兵衛様…と。
あれあれ唖然としてしまう少女の様子を楽しげに見守りながら、
そこへと畳み掛けられたのが、

 「赴任して来たばかりの頃はの、
  緊張に肩ばかり張っていた、覚束ぬ和子でな。」

ほこりとした笑顔のままながら、
口に上らせたのがそんな一言だったため。
いやまあ そうではありましたがと認めつつも、
もうちょっとお言いようがあろうにと、
微妙に頬が膨らんだのを、見逃す勘兵衛ではなかったようで。

 「そうそう、今のお主のようにな。」

そうと続けられ、
うっと言葉に詰まってしまった白百合さんだった。






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